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愛は後悔しない

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フランスは基本的に後悔しない。反省はするけど後悔はしない。節目、節目の、自分の選択が間違っていたなどと思うことは自分のプライドが許さない。
だから自分の隣人のイギリス人のように、過去の失態を思い出して頭を抱えたりすることは決してしない。フランスにとってあの時ああすれば良かった、などと言うことは無意味で、そうすれば良いときにそうすれば良いのだ。俺の考え方に何か?

はるかはるか昔に、孤島の森の中に一人で隠れ住んでいたイングランド(昔の名前だ)を、自分の召使いとして大陸に引きずり出してきて、フランス語を押しつけて、フランス流の服を着せて、フランス流のマナーを身につけさせた。マナーにかなわないこと、美しくないことはさせなかった。イングランドはあのひねくれた顔つきでフランスをじっとりと見て、しかし自分の弱さを自覚していたので、渋々従った。
フランスも若かったので、子供ならではの残酷さで、イングランドの粗野なしぐさをからかい、身なりを笑い、イングランドが恥ずかしがったり悔しがったりするのを見て、楽しんでいた。本当にフランスも子供だった。
小さな弱いイングランドは全身で不満を訴えていた。いつもフランスの屋敷の窓から海ばかり見ていたあの子は、何を考えていたのだろうか。

不器用で、粗暴で、卑屈なくせにプライドの高いイングランド。彼を気にかけてやれるのは自分だけだとフランスはちょっとおごっていた。イングランドが自分の支配を振り払い百年の戦争をして、それでもフランスは、自分だけがイングランドをわかってやっていると思っていた。
だから、イングランド…イギリスが、アメリカを溺愛していると聞いたとき、最初は鼻で笑ったものだ。あの、誰かに愛されたこともない哀れなイギリスが、誰かを愛することなどできるものかと。せいぜい子育てに失敗しちまえばいいのだ。フランスの心にあまり良くない感情が生まれたのも無理はない。

だが、驚いたことに、イギリスは知らないながらも家族になろうとして、必死にアメリカを愛していたのだ。あの不器用で、短気で、粗暴な男が。欲しいものは他国からすべて力ずくで奪い取ってきたあのイギリスが、アメリカにはなんの見返りもなく、物と言わず愛情と言わず、与え続けていると言うのだ。朝はアメリカのために食事を作り、昼はアメリカの汚れた服を洗い、夜はアメリカが寝付くまで、添い寝をして、子守歌を歌ってやっていると言うのだ!
まったく信じられない。一度この目で見て確かめなくてはならない。
フランスがこっそりとアメリカの所に行くと、案の定イギリスが先に居た。小さなアメリカを膝に乗せて、イギリスはテラスのベンチに腰掛けている。まるい小さなアメリカの頭を優しくなでてやりながらイギリスは、見たこともない優しい表情をして、アメリカにささやきかけていた。
「お前は俺が守ってやるからな。今はなんにもないこの大陸を、世界中がうらやむような豊かな国にしてやるよ…だから、お前はなんにも心配しないで、ゆっくりゆっくり大人になりな…」
イギリスは誰にもそんな事を言われたことは無かったに違いない。言われた事もない優しい言葉をかけられるイギリスに、フランスは心が打たれるような、胃が痛むような、何とも言えない気分になった。イギリスは一体いつ、こんな、誰かを慈しむ心を、知ったと言うのだ?

フランスは悟った。イギリスはつまり、誰かに、そうされたかったのだ。
優しい胸に強く抱きしめられて、眠りにつくまで頭をなでて欲しかったのだ。私はお前の敵ではない、と、言って欲しかったのだ。
フランスは頭に大きな石を投げられたような衝撃を受けた。
イギリスの心にも、そんな場所があったなんて、そりゃ、誰にでも愛されたいと思う感情はあるが、まさかイギリスにもあるなんて、いや、無いはずもないだろうが、…。
とにかく、イギリスの持つ弱さ、寂しさ、悲しさ、優しさ、美しさ、寛大さ、それらはすべてアメリカに向けられていた。
フランスではなく。アメリカただひとりに。
フランスは確かに嫉妬した。

だが今更どうしたらいいと言うのだ?何百年も昔にもしも、フランスが幼いイギリスに優しく接していれば、今頃イギリスはどんな大人になっていた?幼いイギリスを抱きしめて、お前を守ってやると言ってやってれば、二人は今頃どうなっていただろうか?

「もしも」を考えたらきりがない。何しろフランスらしくなかった。

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色々あって、アメリカはイギリスの手を振り払った。哀れなイギリスは、アメリカ独立の最後の最後までそれを信じようとしなかった。愛しい弟に銃口を突きつけられて、はじめてアメリカが本気だと知ったくらいなのだ。フランスは内心ざまぁみろと思っていた。ざまあみろ、やっぱりお前には誰かと愛し合う事なんて無理なんだ、と。
しかしすぐにフランスのそんな気持ちは失せてしまった。イギリスの落胆ぶりがあまりに凄まじく、あまりに哀れで、フランスは不本意ながらも同情せざるを得なかった。ロンドンの屋敷に閉じこもって一日中めそめそと泣いていたかと思うと、突然ベッドから飛び出しては、負傷した足のせいで立つことも出来ず、四つんばいで庭先まで行くと傷だらけの腕を前に伸ばして「アメリカ、おれのアメリカ、どこにいったんだ、アメリカ」と叫んでは召使い達に抱きかかえられ、再び屋敷に閉じこめられるイギリスに。
あんなのはイギリスでなかった。あんな惨めなイギリスなんて、見たくなかった。
だがフランスにできることなど何もなかった。何しろ、アメリカ独立を手助けした張本人だし、そもそもフランスが何を言ったところでイギリスの心には届くまい。

悶々としたままパリでアメリカ独立のための調停に立ちあった。アメリカの傷は大分よくなっていたが、イギリスはまだ片腕にギブスをはめたままで、痛めた足がおぼつかないのか、もたもたと杖をついていた。やせこけて瞳は精彩を欠き、背を丸め、不器用に歩くその姿は死にかけた老人のようだった。そんなイギリスを見たアメリカは、さすがにぎょっとして、うろたえ、罪悪感丸出しの顔をしていた。自分のしたことの重大さに今更気づいたとでも言うのだろうか。

そんな姿でも、律儀にイギリスは調停には最後まで参加した。フランスとアメリカの事は完全に無視し、目にはもはや何の感情も映ってはいなかったけれども。
アメリカはうろたえていた。アメリカは結局子供なのだ。イギリスが最後には自分の独立を認めてくれ、わかってくれると思っていたのだろう。しかしイギリスはアメリカが思うほど立派な器の持ち主でもなかったというだけのことだ。

「彼ならもっとわかってくれると思っていたんだけどね」
アメリカはその夜、フランスと二人で飲みながら、ため息をついてそう言った。さすがに今日は疲れたのだろう、独立に盛り上がる部下達を置いて、フランスに「静かな店につれてってくれよ」と頼み、今こうして、フランスお気に入りの店でちびちび飲んでいる。
「あの眉毛がまともな大人だと思ったら損をするぜ」
「いや…変わってる人だというのは分かってるよ。でも、もうちょっと、少しは俺の話を聞いてくれると思ってた」
「失望したのか?」
フランスがわざとそういう言い方をすると、アメリカは一瞬黙り込んだ。
「失望だって?俺がイギリスに失望?…どうだろう。そもそも俺は、イギリスに何を期待してたのかな…」
「おいおい…」
「俺はむしろイギリスに、こうして欲しい、って思ったことはないよ。ああしろこうしろって言ってたのはイギリスのほうさ。だから…失望したのはイギリスの方なんだろうな。あんなに尽くしてやったのに、って、イギリスはきっと俺に失望してるだろう、今頃」
アメリカは、また、ため息をついた。
フランスはアメリカがまだ幼かった頃の風景を思い出していた。
イギリスは幼いアメリカを膝に乗せ、愛情にとろけた目でアメリカの頭をなでていた。そこに見返りを期待する感情などなかったはずだ。アメリカを愛していた、ただそれだけだろう、おそらく。
だがそれをアメリカに言うつもりはフランスには無かった。
(せいぜい苦労するがいいさ、若造…お前は大英帝国の手を振り払ったんだ。あのお坊ちゃんの後ろ盾が無くなった今、今まで通りに振る舞ったところで欧州で相手になどされまいよ)

実のところ、確かにアメリカ大陸を失って一度は経済が急落しかけたが、大英帝国の隆盛はむしろそこから始まる。殴られたら倍にして殴り返す気質のいかにもイギリスらしかった。
再びフランスがイギリスに再開したとき、彼は怪我もすっかり直り、美しい絹の織物をまとって、固い靴底をコツコツいわせてツンとすまして歩いていた。フランスが気に入っている、かつてのイギリスの姿だ。
フランスは、以前のように気安くイギリスに歩み寄った。
「よう坊ちゃん久しぶり、調子よさそうだな」
フランスの存在に今気づいたとでもいうようなそぶりで一瞥くれたイギリスは、口元を歪めてにやりと笑った。
「ようクソ髭まだ生きてたか。貧乏暮らしに根を上げてとうにくたばったと思ってたぜ」
「俺が死んだら泣くくせに」
「ほざけファッキン・シット、この腐れカマ野郎。ナポレオンのケツでも舐めてな」
聞くに堪えないスラングを形の良い唇から一気にはき出すと、イギリスは振り返りもせずに立ち去った。
「まー…なんて口の悪い子なの」
しかしフランスは口を笑みの形に浮かべた。イギリスはこうでなくては。あの若造に振り回されていつまでもメソメソするなんてイギリスらしくない。
これで良いんだとフランスは笑みを濃くした。
イギリスにはアメリカなんか必要ない。
フランスは後悔などしない。フランスは愛の国だし、愛ゆえに何をしても許されるのを知っているからだ。

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(2010/05/15初出、2011/01/14加筆)

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