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|←back ------------------ Temptation(4) ------------------ アーサーは、4人兄弟の末っ子だったそうだ。だそうだ、というのは、施設のシスターにそう教えて貰ったからだ。あまり裕福でない家に産まれ、両親からは育児放棄され、上の3人の兄から虐待を受けていたらしい。 幼児期のそういった出来事が影響しているのか何なのか、のちに保護施設に入れられたアーサーはひどく癇性で、一度キレると手の付けられない子供だった。暴れ方があまりにも狂気じみていたので精神科に連れて行かれたこともあったが、脳の障害ではないとされて、施設に戻された。そのため、施設ではみんなに嫌われて友達のまったくいない子供時代を過ごした。 4歳になる頃にはある程度知性がついてきて、自分の感情を少しずつコントロール出来るようになってきた。といっても癇性が治ったと言うより、アーサーが自分の立場を理解しただけのことだ。つまり、自分は親に捨てられた子で、この施設にも捨てられたら行くところもない、だからおとなしくしているしかない。そういうことがわかってきただけのことだった。アーサーはすっかり優等生になった。 そんな頃、子供の出来ないジョーンズ家が養子をほしがっているという話が持ち上がり、施設のシスターは喜んでアーサーを養子に差し出した。 ジョーンズ家の新しい両親は、アーサーをちゃんと育ててくれた。食事をきちんと与え、サイズのぴったり合った服を着せ、学校に行かせてくれた。雨の日には雨合羽をアーサーに着せ、寒い冬には湯たんぽをベッドに入れてくれた。当たり前の事がアーサーには言葉にできないほど有り難く、両親には今でも感謝している。 だから、両親に実の子供が出来たときも、アーサーはちっとも嫌じゃなかった。両親の実の子供なら、きっと自分よりすばらしい跡継ぎになるだろうと思った。 (ぼくは、追い出されるかもしれないな)と、アーサーは寂しく思った。跡継ぎが必要でアーサーを養子に貰ったのだ、実子が産まれればその子が跡継ぎになるに決まっている。そうしたら、アーサーは必要のない子供になるだろう。 しかし、アーサーは追い出されなかった。考えてみればそんなことをこの立派な両親がするはずもなかった。 それどころか、産まれてきた弟アルフレッドは天使のように可愛く、アーサーも両親もめろめろになった。アルフレッドを中心に、はじめてジョーンズ家が家族になれたのだった。 とはいえ、やはり引け目を感じないわけもなく、アーサーは努力して良い息子であり続け、大学にも入った。人間関係にはずっと不慣れなままで友達は相変わらず少なかったが、アーサーにとっての目標は大学をちゃんと卒業して、良い会社に就職して両親を安心させてやることだったから、別に友達はいらなかった。 年上の人間から良い子に見られるように振る舞うのは慣れている。面接も筆記も難なくパスし、就職先も無事に決まった。アメリカ外資の、両親も安心するような大きな会社だ。 (これで…、両親へ何も親不孝なことはしないで成人になれた) アーサーはほっとした。アルフレッドが尊敬のまなざしで「あの会社に入れるなんて、すごいよ!さすが自慢の兄だ」と言ってくれたのも嬉しかった。 だが、かなり疲れていた。限界だったのかも知れない。ずっと良い子であり続けようと無理をしていたから。 ジョーンズ家の親戚たちと色々あって(そのへんのくだりは大変面倒で、アーサーも思い出したくない)、その後、大学卒業とともに養子縁組を解消した。 アルフレッドはとても残念がって、無理に兄弟らしくしようとがんばってくれた。一緒に住もうと言ってくれたのもそのためだ。アルフレッドの大学とアーサーの職場はたまたま近かったので、断ることも出来なかった。兄弟としてではなく、ジョーンズとカークランドとして契約書を書いた。 しかし、せっかく入った会社もまったくなじめず、すぐに辞めてしまった。 もう、両親とは戸籍上何の関係もなく、誰かの目を気にすることもないのだと思ったら、緊張の糸がフッと切れてしまって、こんな気詰まりな会社に無理して居る意味もないように感じた。 とはいえいつまでも無職で居るわけにもいかず、もう少し気楽な仕事をと探して見つけたのが、今のカフェのウエイターの仕事だった。 そこは本来はケーキ屋で、テーブルが三つだけある小さなカフェにもなっている。オーナーはもうかなりの爺さんだが、ケーキの腕前は相当なものだ。 アーサーが休憩中に紅茶を入れて差し出したところ、その味をオーナーに気に入られ、店にこの紅茶を提供するように言われた。ありがたいことに今はケーキだけでなく紅茶も自慢のカフェになった。 給料も安く、この爺さんもあと5年ほどで店をたたむと言っているから次の仕事の事も考えなくてはならないのだが、アーサーはここが気に入っていて、まだどこにも行きたくないと思っている。 アルフレッドがこの今の仕事についてどう思ってるかは知らないが、彼なりにアーサーを理解しようとしてくれているらしい、辞めろとか別の仕事を探せとかは決して言ってこない。別居してからも、たまにカフェでケーキを食べていってくれる。彼女を連れてきてくれたこともあった。 彼女に自分を「俺の兄だよ」と紹介してくれたとき、アーサーはひそかに泣きそうになったものだ。いい年してパートで働くウェイターなんかの俺を、もはや戸籍上何者でもない俺を、兄とまだ呼んでくれた。大事な彼女にそう紹介してくれた。アーサーはアルフレッドを誇らしく思った。ああアルフレッド!お前を心から愛している。 思えば、アルフレッドに向ける愛情は、兄弟愛と呼ぶにはいささか濃厚過ぎたのかもしれない。いつからそうなったのかはわからないが、アーサーはアルフレッドを愛しすぎて、性の対象として、男として愛しすぎて、気づいたら見知らぬ男に抱かれるようになってしまったのだ。 自分がゲイなのだと分かったときはそれほど驚かなかった。女性とつきあったことも過去にないわけでもなかったが、ちっとも楽しくなかった。だから初めて行きずりの男に足を開かれたとき、ああ、これが俺のあるべき姿なのだろうとぼんやり悟った。 セックスは好きだ。男の固いアレが入ってくると気持ちがいいし、抱きしめながら揺さぶられていると、まるで愛されているような気がするから。 アーサーが一晩の相手を探すときに使うあのバーは、ここ三年近く馴染みになっている。最初の男があのバーを教えてくれたからだ。その男の事は顔も思い出せない。三度ほど関係を持ったが、彼は遠くに引っ越してしまい、それっきりになったからだ。 人づきあいが苦手で、他人を信用できないアーサーは、結局その後も誰とも長続きせず、一度か二度セックスをしたらそれきり疎遠になる関係しか築いてこれなかった。自分には何か欠陥があって、そのせいで誰にも愛されないのだろうとアーサーは思った。「可愛くない」とよく言われたし、口の減らないやつだとも言われた。 可愛くない、口が減らない。陰気で、ひねくれもの。 両親の前での優等生をやめた後の自分は、それが評価のすべてだった。 そんな男が兄で、アルフレッドはどんなに可哀相なことだろう。なのに、まだ俺を兄と呼んで慕ってくれる。アーサーにはそれだけで、この世に生きる意味のあることのように感じていた。 ------------------ (2010/05/15) ------------------ Copyright by HATCH All Rights Reserved. |