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Temptation(3)

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ゲイが集まるそのバーは月曜日と火曜日が定休日なので、フランシスは水曜日に訪れた。
このバーに来たのは日曜日の夜が初めてだったが、偶然出会ったアーサーと思いのほか楽しい時間を過ごせたので、結局また来てしまったのだ。アーサーにまた会えたらいいなと思っていたし、このバーの酒とつまみは何気に美味いのが嬉しい。
フランシスは先月、仕事の都合でこの町に引っ越してきたばかりで、わからないことだらけだった。どの店が美味しくてどの店がまずいかもわからない。それなりに美食家のフランシスは、不味い食事にお金を払うことだけは我慢できない。
仕事もまだ慣れず、いささか精神的に参っていたところにこのバーの存在を知り、少しでも誰かと楽しいことが出来たらいいもんだと思って入ってみたのがラッキーだった。アーサーは口は悪いが体の相性は悪くなかったし、もしかしたら彼以外にももっといい男に出会えるかも知れない。
仕事のストレスも溜まっていたのでこのバーに来るのは楽しみだった。うきうきとフランシスがバーのある雑居ビルの前に着くと、「おい、フランシス」と声をかけられた。先ほどまでフランシスがにやにやと回想していた、アーサーその人であった。
前回会ったときと同じ、少し大きめのコートの襟を立てて、バーバリーチェックのマフラーを巻いていた。そうか、このマフラーが彼を学生っぽく見せているのかも知れない、とフランシスは思った。いつからそこにいたのか、彼の足下には煙草の吸い殻が数本落ちていたし、今も彼の細長い指には火の付いたばかりの煙草があった。
「よう」
「アーサー!こないだちゃんと帰れた?心配してたんだよ」
「ああ。お前、財布、届けてくれただろ」
「うん。勝手に財布の中見て悪いと思ったんだけどね」
「いや、そんなこといいんだ。あ、その……。助かったから、…ありがとう」
アーサーがもじもじと言いづらそうに礼を言うのをきいて、フランシスは口元を緩めた。どうもこの男は不器用なのらしい。
「どういたしまして。…ところでさ、なんで、バーに入らないの?財布も戻ってきたんだし、一杯やろうよ」
「いや…、お前に礼を言ったら帰るつもりで…今月は、ちょっともう、金欠で。」
「え、わざわざ俺のこと待ってたの?寒かったでしょ、ビールくらいならごちそうするよ?」
フランシスが何でもないことのように言うと、アーサーは目を丸くし、きょとんとした。そして首を横にぶんぶんと振った。顔は真っ赤で、なぜか怒っているようだ。
「お前にそんなことしてもらうつもりで来たんじゃねえ!」
「いや、わかるけど…別にいいじゃん、こっちがおごりたいって言ってんだから、素直におごられちゃいなよ」
アーサーはもっと激しく首を横に振った。
「帰る!」
大声でそう言うと、アーサーはパッと体を翻し、早足で立ち去ってしまった。
「あっ、ちょっと!」
フランシスも慌てて後を追う。前も思ったがアーサーは足が速い。小走りになってようやく追いつき、肩を掴んだ。
「どうしたの?アーサー。なんで怒ってるんだ」
アーサーはくるりと振り返ると、噛みつかんばかりの勢いでフランシスにまくしたてた。
「俺がビールにつられて股を開きそうな男に見えるのか!?馬鹿にすんじゃねえ!俺はただ、お前に礼を言いに来ただけで、お前ともう一度寝ようと思って来た訳じゃない!わかったらその手を離せ!ファック!」
突然の剣幕にびっくりしたフランシスが思わず手を離すと、アーサーは再び早足で立ち去り、今度こそ見失ってしまった。残されたフランシスは、くしゃくしゃと自分の髪を乱暴にかき上げた。
(そんなつもりじゃなかったのに…まいったな。せっかく待っていてくれたみたいだったから、ビールごちそうしようとただそれだけ…)
ただそれだのことだったのに、なんであんなに深読みされなきゃなんないんだ。
(ちょっとあの子難しい…)
めんどくさい奴の事なんて酒でも飲んで忘れよう。そう思ってフランシスはバーに入った。

その晩、フランシスはバーにいた別の男とベッドを共にした。フランシスはいつも誰とでもそうするように優しく抱いた。その男はアーサーとは違い、乱暴にされることを望んでいたようだ。
優しくすればするほど泣き出しそうになっていたアーサーを思い出す。理由はわからないが、彼は寂しいのだと思った。友達があまり居そうなタイプでもなかったから、きっと孤独なのだろう。
(人付き合い、下手そうだもんなあ…)
さきほどのやりとりを思いだし、フランシスはげんなりした。あいつのことは忘れよう。

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翌日、ホテルで一泊した男と別れた後、フランシスは一度自宅に帰り着替えると、仕事先に向かった。仕事先と言っても、小さなフラットの一室で、全部でスタッフは3人しかいない。
フランシスが働くのはフランスに本社がある出版社で、最近イギリス支社が新しくできた。そのスターティングメンバーとして、フランシスはじめ3人の本社スタッフが揃って異動になったというわけだ。
「おはよーさん」
「おはようございます!アントーニョ支社長」
「やめてや、その呼び方!」
本社時代から仲の良いスペイン人のアントーニョが今のところ支社長ということになっている。まあ社員は3人だが。陽気で面倒見の良いアントーニョは支社長に向いているとフランシスは思っている。
フランシスの勤務する会社はフランスを代表する出版社で、欧州各地に支社を持つ。自社の本をさまざまな言語に翻訳し販売し、また、他国で人気の作家とフランス国内販売のライセンスをいち早く取得する目的もある。
これまでイギリスに支社が無かったのはむしろ意外な話だった。イギリスの作家はフランス含む欧州より先にアメリカで人気を得ることが多く、アメリカから世界に出版されるので後手後手に回っていたのかも知れない。
とにかくも、フランシスは2年で本社に戻れるという条件付きでこの異動を受けた。アントーニョが一緒というのも引き受けた理由の一つであるかも知れない。
「それにしても、社員3人の支社ってのも笑えるな、トーニ」
「まったくや。しかもアパルトマンの一室ときた!凹むわ〜」
「ギルボは?」
「さっきサンドイッチを買いに行ったわ」
ギルベルトは3人目の社員だ。語学堪能で入社したわりにはあまり翻訳の役には立っていない。ただフットワークは軽く、取材などには率先して出かけてくれるので助かる存在だ。外出→直帰、というのが好きなだけかも知れないが。
3人ともイギリスに住むのは初めてで、それぞれストレスは溜まっていた。今日もアントーニョと二人で仕事をしながらひとしきりイギリスの文句を言った。やれ飯がまずい、天気が悪い、フランス語なまりで話しかけると無視される…など。などなど。
「しかしM&SといいUNIQLOといい、何でイギリスの服はみんな地味なのかね。パリにもあったけどさ、どこの店もあんなデザインだよね。ウインドウショッピングしててもつまんないよ俺」
「お前、それちゃうで、UNIQLOは日本の企業や」
驚きだ!てっきりM&Sと同じイギリス企業だと思っていたのに。
「そういやフラニー、例のバーは行った?どうやった、イギリス男は」
フランシスがバイセクシャルであることを知っているアントーニョはにやにやと聞いた。
「あ?行ったよ、悪くなかった」
「お前好みの奴いた?」
「まあね」
一瞬アーサーの顔が思い浮かんだが、昨日のやりとりを思い出してまた苦々しい気持ちになる。
「もてたやろー。イギリスにはお前みたいな派手な奴少ないもんな」
派手とは何だ。顔がゴージャス、という意味なら許してやるが。褒め言葉だと受け取っておく。
「俺はどこに行ってももてるんですー」
「やかましいわ。ええなー、俺も可愛い女の子さがそう」
アントーニョが歯をむき出して笑った。
「今日の昼飯どうする?」
「んー。どこに行っても美味いランチは期待でけへんからな。ギルボに買いにいかせたらええわ」
「だな」
ここにいないギルベルトに勝手にパシリを押しつけることにして、二人はまた仕事に戻った。

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(2009/12/05)
フランシス→愛称フラニー
アントーニョ→愛称トーニ
ギルベルト→愛称ギルボ
で、お送りしております
つうか関西弁よくわからない…親分との会話は脳内変換でお願いします

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