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Temptation(2)

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アルフレッド・ジョーンズは大学生で、飛び級しているので18歳だが2年生だ。現在は両親のもとを離れて都心のフラットで一人暮らしをしている。
自分は産まれるのが遅い子供だったので、両親は高齢。6歳離れた兄がひとりいる。
兄はアーサーと言った。アーサーは施設にいて、子供の出来ないジョーンズ家に養子として迎えられたが、その後アルフレッドが産まれた。アーサーと血のつながりがないと知ったのはアルフレッドが10歳の時のことだが、それが何だというのだ。兄は誰よりも自分の理解者で、そして優しかった。アルフレッドは兄が大好きだった。
しかし、跡継ぎ問題で家の中がゴタゴタして(正確に言うと家の中ではなく、親戚達だ)、結局実子のアルフレッドが家を継ぐことになり、アーサーは成人すると同時に養子を解消して家を出て行ってしまった。
あの時期のどろどろした話し合いは、二度とアルフレッドは思い出したくない。ジョーンズ一族の一番醜い部分を見せられた。家を継ぐことになったけれど、あの時のせいで一族と距離を置くようになってしまった。両親は立派な人たちで、愛しているけれども…ジョーンズ一族はちょっと、好きになるのは無理だ。
アーサーが戸籍上は兄でなくアーサー・カークランドになったけれども、アルフレッドとは変わらず仲が良い兄弟として、アルフレッドが大学1年の時はこのフラットで2人で住んだりもした。
今はアーサーとは別々に暮らしているが、兄の事を気にかけない日はない。

その日の朝、アルフレッドは少し早めに起床したあと、日課のジョギングをするために部屋を出た。30分ほど走った後、心地よく空腹になったのでフラットに戻る。何気なくポストをのぞき込んで、アルフレッドは目を見張った。
「あれ?この財布…」
ポストには見覚えのない財布が裸のまま、入っていた。
薄い財布を開いてみると、そこには兄アーサーの免許証が入っていた。
「…あ、誰かが拾ってくれたんだな」
アーサーの免許証は、昔ふたりがルームシェアしていたこの部屋の住所のままになっている。
「いい加減、住所変更すればいいのに」
おそらくこの財布を拾ってくれた良心的な誰かが、この免許証を見て、間違えてアルフレッドのポストに入れてくれたのだろう。
「しかしアーサーが落とし物キングなのは相変わらずなんだな!」
神経質で几帳面なくせに、肝心な所がうっかりしている兄の事を思い出し、アルフレッドは苦笑した。

部屋中をひっくり返して財布を捜しているアーサーの携帯電話が鳴った。
『もしもし、アーサーかい?俺だよ』
「アルか。すまないが今取り込み中で…」
『財布、探してるんじゃないかい?』
アルフレッドがいきなり本題に入るのはいつものことだが、財布と聞いてアーサーはフリーズした。
「なんだって?」
『財布。君、またどこかに落としていったろう。誰かが拾って、俺んちのポストに入れてくれたんだぞ!』
誰かといって、そんな奴は昨日会ったあの男ひとりしかいない。
「そうか、あいつ…」
『心当たりあるのかい?届けてくれた人』
「畜生、アル、俺の財布にいくら入ってる?あいつにきっと金を取られたんだ!畜生…」
しかしアルフレッドが言った金額は、アーサーが持って行った金額からバーで飲んだ代金を差し引いた額と相違なかった。いささか拍子抜けしながらも、後でお前んちに取りに行く、と、アーサーは短く告げた。

かくして数時間後、アーサーは今、アルフレッドの部屋に到着した。
「悪かったな」
「別にいいけどね。今日は午後からの講義だったし。それより昨日の夜は駅前から歩いて帰ったのかい、アーサー」
「ああ。終電過ぎてたし、タクシー代もったいないだろ」
「だって、君の家まで歩くと2時間はかかるだろう!まさか、今ここに来るのにもまた歩いて来たって言うのかい!」
「いや、家にある小銭かき集めてバスで来た」
アーサーは財布を受け取り、中身が減っていないか、何度も確認している。どうやら何も無くなっていないらしく、逆に首をかしげた。
「本当にただ届けてくれただけみたいだな。変な奴もいたもんだ」
「何言ってるんだい。君はその拾い主に感謝しなくちゃならないぞ。世の中悪い人ばかりじゃないってことだよ」
疑り深い自分の性格を否定されて、アーサーはムッと口をとがらせた。この弟は人が良いというか、他人の善意を疑わない所がある。愛されて育った証拠だろう。
大学に通い出してから、アルフレッドはますます体格が良くなって、今はアーサーより縦も横も大きい。健康的な肌色に、明るい金髪。陽気で快活な性格。いかにも人気者といった自慢の弟だ。
もともと血の繋がらない兄弟なので顔かたちは似ていない。同じ親に育てられても性格もまったく違う。アルフレッドはアーサーのことを実の兄として愛してくれているが、アーサーのアルフレッドへの愛情は、それとは少し違う。だが、それは死ぬまで誰にも知られないでいるつもりだ。
「昨日、歩いて帰るくらいならうちに泊まっていけばよかったのに」
アルフレッドが呆れたように言った。
「時間が遅かったんだよ。寝てるとこ起こすのも嫌だったんだ」
「合い鍵あるんだから勝手に入ってくれば良かったろ」
アルフレッドの言葉に、アーサーが苦笑する。
「お前、そんなこと言って、お前がもし彼女と一緒だったりしたらどーすんだ」
アーサーの言葉にアルフレッドはわずかに赤面した。アルフレッドには可愛い同級生の彼女が居る。そしてアーサーもそのことを知っていた。
「そりゃ…まあ。そういうことが…無いとは言えないな。でも、昨日は一人だったんだぞ」
「いいんだよ。昨日は歩いて帰りたい気分だったんだ」
アーサーのはっきりしない言い方に、アルフレッドは眉を上げた。
「…また、あそこのバーに行ってたんだね。そしてその財布を届けてくれたのは、昨日の相手ってわけだね」
アーサーは答えなかったが、無言こそが肯定だということだ。
アルフレッドは心の中で盛大にため息をついた。兄の気まずそうな横顔を見る。
兄がゲイであると知ったのはごく最近のことだ。一緒に暮らしている間は気付きもしなかった。きっかけは忘れてしまったが、何かの機会にうさんくさいバーに通い詰めていることを詰問したら、そうとアーサーから伝えられた。
ひどく投げやりな様子で、『俺はゲイなんだ。ずっとそうなんだ。お前に気持ち悪いと思われるのが嫌で隠してた』と言ってきた。もちろんアルフレッドは内心激しく動揺したし、同性しか愛せない兄のことを内心疎んじたりもした。だが、アーサーの言い方がまるで、寄る辺ない、どうせわかってもらえやしない、と言うような、寂しげで諦めきった言い方をしたから、アルフレッドはがんばって受け入れるように努力しようと思ったのだ。
兄は未だに特定のパートナーも作らず、ゲイ専用のバーに入り浸っては行きずりの男とセックスしているのだ。…なかなか、受け入れがたい事実ではある。
アルフレッドは無言でうつむく兄の横顔をちらりと見た。
自分とは似ていない、全体的に細い体のつくり。背は低くないが顔が小さく、肩幅もないので手足ばかりが長く見え、成長期の少年のように頼りなく見える。気むずかしそうにいつもしかめっ面をしている割には童顔なのも、頼りなさに拍車をかけている。
(アーサーが男とどんな風に遊んでいるのか、想像したくもないよ。気持ち悪いと言うより…なんだか可哀相だ)
この体の逞しくない兄が、もしガタイのいい男に抱かれてるとしたら、まるでアンバランス。いじめられているように見えそうだ。いや、男同士でどんな風にするかなんて、本当のところ詳しくは知らないけれど。

「ねえ、アーサー、兄さん。物騒なんだからさ、今度は歩いて帰るくらいなら泊まっていってくれよ、頼むから。」
「…ああ、わかったよ。次はそうする」
アーサーはそう言うと、上着を羽織った。大学卒業祝いに両親がプレゼントした、オーダーメイドの、仕立ての良いコートだが、昔に比べて痩せてしまったので肩周りががばがばしていて見ているこっちが心許ない。
「今から仕事かい?」
「ああ。今日は遅番」
軽く手を振ってアーサーはフラットを出て行った。さきほど受け取った財布をしっかりと握りしめて。
兄の後ろ姿をフラットの4階の窓から見送りながら、軽くため息をついた。
大学卒業後、アーサーはアメリカ資本の大企業に入社した。所謂エリートになった。にもかかわらず、たったの半年で会社を辞めてしまった。理由は聞いてもちゃんと答えてもらえない。
当時アルフレッドとルームシェアしていたのですぐには食うに困らず、1ヶ月ほど家で貯金を使ってだらだらしたあと、今の仕事に転職し、職場に近い良い部屋を見つけたとかで、このフラットを出て行ってしまった。
新しい仕事と行ってもただのパートタイムで、小さなカフェのウエイターをやっている。そのカフェは居心地が良いらしく、そこそこ楽しそうに1年以上も働いている。
大学では成績優秀で、教授の推薦もあって一流企業に入社したのに、今ではただのウエイターだ。アーサーの生き方がアルフレッドには理解できない。
だが、兄についてなんて、わからないことだらけだ。

またひとつため息をつくと、アルフレッドも大学に出かける準備をした。

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(2009/10/17)

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