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|←back ------------------ 「Blackbird」 ------------------ 夜神総一郎は、非常にまじめな男で、これまで浮気はおろか、風俗の類にもほとんど出かけたことのない男だった。 妻ひとすじと言うほど美しい妻だった訳でもなかったが、正直、家族を養っていくのと仕事をすること、それだけで彼の人生は全てだった。 今回もそのはずだった。キラという謎の殺人犯を追うために、世界的名探偵と手を組み、命を賭けてこの日本と、ひいては自分の家族を守ることに誇りを持って任務にあたっていた。 L、いや、竜崎の存在はまったく夜神総一郎にとって予測しないものだった。竜崎がまだ30代にも届かぬ若者だったこと、そして、日本人の血は入っているだろうと思われるものの国籍不明の容姿。日本人にしては白すぎるし、白人にしては線が細すぎる。細い首に小さな頭の、痩せている癖に手足の大きい彼は、総一郎がこれまでに出会ったどの人間よりも変わっていた。 そして、まるで外国で覚えた日本語のような、流ちょうだがどの地域とも交わらないアクセントでしゃべる。慣れるまでは竜崎と会話をするのは誰でもストレスだろう。 判を押したような日本人亭主関白・総一郎は、相当とまどい、最初は竜崎が苦手で仕方なかった。何を考えているのか分からない大きな黒い目、死人のような青白い肌、そして何より、よく回転する脳は、人の思考を先回りし牽制する。竜崎からは一応敬意は多少感じるものの、「刑事」としての自分含む部下達のプライドを逆なでするには十分の失礼さだった。 だから、最初は必要以上に関わるまいと思っていた。これはあくまで仕事、この名探偵にいちいち引っかかっている場合ではない、と、総一郎は不満を露わにする部下達をなだめすかした。 そんな彼への印象が変わったのは、彼自らが捜査に乗り出し、一睡もしないで刑事達と共に行動をするようになってからだった。 疲れてくると愚痴も多くなる。不満だらけの部下とは裏腹に、竜崎は愚痴らしい事を一言も言わず、誰よりも働いた。甘味の摂取が多くなっていくのは大目に見るとして…竜崎は誰よりも仕事に熱心だった。 そして、仕事以外の彼は非常に年齢相応(いや、それ以上)に子供っぽく、たとえば…松田にお菓子を買いに行かせるときなんかは、もう完全に子供だった。早く、早く買ってきてくださいね!などと言いながら松田にお菓子リストを渡して追い出す仕草など、総一郎は小さな娘を見ているような錯覚さえ覚えて、頬をゆるめたものだった。 総一郎はいつしか竜崎を可愛いとさえ思うようになってしまった。 ふと、総一郎は深夜に目を覚ました。 ホテルのスウィートを借り切ったこの仕事場は、全て竜崎が支払っているようだった。普段ならソファか床で寝るところだが、部下達が気を遣ってベッドを提供してくれたので、その日は深夜2時頃にベッドに入り、仮眠を取っていた。 時計を見ると5時だった。3時間ほど眠ってしまったようだ。 ざっと身なりを整えメインルームに戻ると、沢山のモニターの前に竜崎が3時間前と変わらぬ姿勢でそこにいた。テレビモニターもパソコンも今は全て消えていたが、竜崎は分厚い書類を読んでいた。 竜崎は総一郎の方をチラリと見て、言った。 「まだ寝てらしてください。顔色が悪いですよ」 「そうはいかない。竜崎、お前こそ休んだらどうなんだ」 「私はもっと長く、寝ないで仕事したことがあります。問題ありません」 かわいげのない返答だが、そうやって総一郎の負担を減らそうとしているのが、分かった。竜崎は言葉が足りない。特に…他人を思いやる会話が下手なのだ。 「また、ひねくれた言い方をするものだな。そう言うときは、「ありがとう」とでも言えば良いんだ、竜崎」 「…誤解を生みましたか?すみません」 「そんなことじゃあない。私は竜崎を心配してるんだ。…さあ、少し休もう」 総一郎は強引に竜崎の書類を取り上げる。 普段なら仕事の邪魔をされると不機嫌になる竜崎だが、今夜は総一郎を見て微笑んだ。何を考えているか分からない彼の目は、今は好意的に総一郎を見つめていた。 「夜神さんは優しいですね」 「……。何か飲み物を?」 「では、紅茶を。一緒にいかがですか」 不思議な事になった。他の捜査員達は帰っているか聞き込み捜査中なのか、ここには誰1人おらず、竜崎も総一郎だけにお茶の準備をさせるのは申し訳ないと思うのか、スウィートの簡易キッチンで二人きり、肩を並べて黙々とお茶の準備をすることになった。 自分の息子…月と同じくらいの背のこの若者はひどい猫背で、ずっと痩せていることが分かった。 「もっと、ちゃんとした食事と、休憩を取るべきだな」 総一郎が言うと、竜崎は驚くほど近い距離で、総一郎を見た。 「私のことですか?」 「他に誰が居るんだ」 「居ませんね」 「私が父親なら、息子が君のような生活を送っていたら叱りつけるだろうな。君の父親はよっぽど寛容だったのかな。それとも君は悪い息子だった?」 総一郎なりにユーモアのつもりだったが、竜崎は人差し指を唇に持っていき、何か考え込むような顔をしてしまった。 「私に父親はいません。母親も。叱ってくれるのはワタリだけですが、最近は諦めたのか、ワタリも叱ってくれなくなりましたねえ」 「……。」 電気ポットが湯気を出しながらピピピッと鳴ったので、竜崎はカップにお湯を注いだ。 「でもまあ、食生活は気にしておきます。私もメタボリック症候群は避けたいところです」 「や、まあ…君は全然太っていないが」 「ええ、わかってます。これは冗談です」 いつの間にかソファに戻った竜崎に、夜神さん、と呼ばれて、総一郎は竜崎の隣に腰掛けた。 「…両親は、いないのか」 「ええ。孤児だったものですから。これは知られても、Lには問題ありません」 「…すまない」 「謝る必要はありませんよ。私も悲しいと思ったことはありませんし。…でも、父親に憧れる気持ちはやっぱり残りますよね。私、包容力のある、年上の男性に弱いんですよ。夜神さんのような」 今、何を言われたのか、瞬時には理解できなかった。 竜崎は相変わらず飄々とした表情だったので、冗談だったのかも知れないと思った。 深読みすれば、とんでもない事を言われたような気がするし、サラリと流せばただ単に好意を持たれているだけとも言える。 返事に困って顔を上げると、竜崎は総一郎をジッと見ていた。 「夜神さん、私あなたが好きですよ」 「……、りゅ、」 竜崎、と言おうとして、言えなかった。竜崎がサッと奪うように総一郎に口付けたからだった。 大きな竜崎の目が閉じられた、その意外にも幼い表情をまともに見てしまった。竜崎の唇は柔らかく、入ってきた舌も柔らかかった。舌は総一郎の歯の裏をべろりと舐め、卑猥な動きを一瞬してから、去っていった。 唖然とする総一郎に、竜崎はぺろりと舌なめずりをした。 「…、な、何をするんだ!!」 「そんなに怒らないでください。外国では挨拶みたいなものです」 「あ、挨拶で、し、舌を…!」 「あれ、舌入っちゃいました?すみません、つい」 竜崎はシレッと言うと、紅茶を啜った。 「まあ、事故ですね。忘れてください」 冗談みたいな様子をあくまでも崩さない竜崎だったが、総一郎は、触れてきた唇が最初、ぶるぶると震えていたことに気づいてしまった。 そんな竜崎を、可愛いとさえ思ってしまった自分にも。 ------------------ 長ったらしい文章の割に他愛もない話題ですみません (2006/10/29) ------------------ Copyright by HATCH All Rights Reserved. |